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2008年12月26日 (金)

私の「今年の漢字」~約束を守るが基本~

12月12日に、財団法人日本漢字能力検定協会は、2008年の「今年の漢字」を「変」と発表しました。「変革を訴えた」オバマ氏がアメリカ大統領に当選したということや、一方で、サブプライムローン問題に端を発した世界経済の「大変動」があったとの趣旨だそうです。ちなみに、昨年は「偽」でした。

私は、今年の漢字を

「混」(こん)

としたいと思います。

年のはじめ頃から冷凍ギョーザにメタミドホスなどという農薬の「混入」が発覚し、その後も食へ安全を脅かす事件が続きました。
それにも増して、政治も経済も、本当に「混迷」「混乱」を極めた年だったと思います。

年の瀬を迎え、自動車メーカーなどの人員削減などが相次いでいます。職だけでなく、住まいまでが無くなってしまうという不安にさらされている多くの労働者の方がいます。そうした厳しい現実があるのにも関わらず、国政は人々の暮らしを守るという政治の本分を忘れてしまったのかと言いたくなります。

昨年の私の「今年の漢字」の文章を読み返したら、その時には、「宙に浮いた年金記録」に関する公約についての福田総理大臣や舛添厚生労働大臣など閣僚の無責任極まりない発言を批判していました。
1年が経っても、いまだに年金記録問題は解決していません。一体この国の政治のリーダーシップはどうなってしまったのでしょう。

そもそも、「嘘をつかない」「約束を守る」ということは政治家の基本中の基本です。米国大統領ジョージ・ワシントンの伝記で語られている、子どもの時に、木を切ってしまったことを父親に正直に話して褒められたという逸話を引くまでもないでしょう。

私は、「有権者との約束」であるマニフェストに掲げた政策の実現に全力を挙げています。マニフェスト2007に掲げた11本の先進条例の制定にも、最大限の努力をしています。
皆さんも、公共的施設における受動喫煙防止条例をめぐる議論は、ご存知のことと思います。このほかにも、自治基本条例や犯罪被害者等支援条例なども議会に提案してきました。

一部の報道によれば、私が、「条例制定の『本数』にこだわっている」との論評も見受けられます。
これは、全くの誤解です。本数にこだわるつもりはありません。というより、掲げた政策や条例は、「全て」実現することをめざすことは当然のことです。「県民との約束」を全て果たそうと努力するのは、政治家として当たり前のことではないでしょうか。

そういう観点から言えば、今の国政は果たすべき「約束」自体が無い状態と言ってもいいでしょう。すなわち、いつの時点のマニフェストが生きているのか?誰のマニフェストに沿って政策の方向を決めるのか?それが「混迷」どころか、存在すらしていないのです。これでは、正直な政治、まともな政治はできません。

一日も早く、「国民との約束」であるマニフェストをきちんと掲げ、正々堂々と解散・総選挙を実行し、この国の「航路」を指し示さなければなりません。そして、国民の信任を得た政権が、力強く「国民との約束」=マニフェストを実行していく。これこそが、民主政治のあるべき姿です。

多くの人々が暗い気持ちで年末を迎えています。人々に、未来の希望を与えることも、政治家の重要な役割です。今が苦しくても、信じられる明日があれば、人間はがんばれるものです。
 
来年こそは、人々が健やかな気持ちになれるよう、しっかりとした政治が生まれることを、強く、強く望みます。
県民、国民の皆様にも、ぜひとも希望を失わずこの国の未来を生み出していただきたいと思います。

皆様、どうぞよいお年をお迎えください。

12月 26, 2008 政治改革 | | コメント (5825)

2008年12月12日 (金)

愚策「定額給付金」を糾(ただ)す

12月6日の朝日新聞朝刊の「私の視点」に、定額給付金問題に関して、「改むるに憚ることなかれ」とのタイトルで、次の論文を投稿させていただきました。
皆さまは、どのようにお考えでしょうか。


政府の追加経済対策の目玉である「定額給付金」を巡って、政府は迷走を続け、国民は困惑している。どう見てもこの政策は愚策としか言いようがない。
まず、政策理念が間違っている。福沢諭吉は、近代国家をつくるには独立自尊の精神が重要だと説いた。国民一人ひとりが自立、独立しなければ国家の独立はないということだ。不況の度に政府が国民にお金をばらまいて、国民の自立心、独立心が育まれるだろうか。国民の依存心が増して政府は独善化し、モラルハザード(倫理の欠如)に陥ってしまう。
次に政策目標もわからない。生活支援だとするなら所得制限を設け、低所得者や失業者など生活弱者を中心に救済すべきだ。また、景気対策というのであれば、すべての国民に給付し、消費を促すべきだ。この所得制限をどうするかを巡っては、政府内でも異論が続出し、その決定を市町村に丸投げしてしまった。
そのうえ麻生総理が、この丸投げを地方分権だと言い放ったのには開いた口がふさがらない。地方分権とは政策の決定権を地方に移すことであって、政府の愚策の尻ぬぐいを市町村がさせられるのではかなわない。地方分権ではなく単なる責任放棄である。

さらに、政策効果も疑わしい。98年度末に約6200億円の地域振興券が配布されたが、経済企画庁(当時)の事後調査では、新たな消費喚起は32%、国内総生産(GDP)の個人消費の0.1%程度の押し上げ効果しかなかった。年金、医療制度の混乱や雇用不安、そして将来の消費増税も想定される今日、国民は生活防衛に走り、給付金は生活費や貯蓄に回ってしまう可能性も高い。今回は2兆円規模とはいえ、大きな景気浮揚効果は期待できない。
また、市町村の負担もはかりしれない。総務大臣は、市町村が定額給付金を支給するための事務経費は、約800億円にも上ると発言している。事務量も選挙事務より膨大と言われ、ただでさえ繁忙期の年度末に給付事務を強要されたのでは、窓口の混乱は避けられない。総務省は11月下旬に急きょ自治体向けの説明会を開いて概要を示したが、支給対象者の所在確認や振り込め詐欺などの不正防止対策など、課題山積でむしろ混乱は増し、年度内給付は無理と断ぜざるを得ない。
このように定額給付金は、理念もなく、目的もわからない、効果も疑わしい「天下の愚策」としか言いようがない。だからこそ、政府内からも異論が相次ぎ、市町村は困惑し、今や世論調査でも国民の大多数が評価していない。麻生総理は選挙対策として早く給付金を支給したいのだろうが、ここまで評判が悪くなると、むしろ逆効果だろう。

そもそもこのように間違いだらけで、2兆円もの予算を伴う政策を、3代続けて国民の信任を得ていない政権が強行することが許されるのだろうか。政府がどうしても実施したいのであれば、総選挙でマニフェストに掲げ、国民の信を問うた上で実行するのが民主政治のあるべき姿だ。
私は、11月19日に開催された政府主催の全国知事会議の場で、以上の趣旨で麻生総理に見解をただしたが、残念ながら明確な答弁はなかった。
ところで、2兆円もの予算があれば、国民のための政策推進につながる景気対策がいくつも考えられる。
文部科学省の試算によると、大規模地震による倒壊危険性の高い小中学校1万棟すべての耐震化工事をしても、1兆円で足りるという。残りの1兆円は、国庫補助がないため耐震化の遅れている高校に回すことができる。地方自治体の財政難のために進まない学校の耐震化工事を一挙に行い、児童・生徒の安全を守ることができる。施設整備は建設、塗装、資材など幅広い業種に及び、下請け企業まで含めた経済波及効果が大きく、雇用対策にもつながる。
また、特別養護老人ホームや保育所は、ニーズに対し整備が追いつかず、いつまでたっても待機者が解消しない状況だ。こうした事業に思い切って投じてもよい。介護や子育てのため働けなかった女性の社会進出も促進できる。
他にも2兆円あれば、社会問題になっている産科・小児科医療の充実や、非正規労働者問題を始めとする雇用対策など、景気対策とともに国民の不安解消につながる政策推進に役立つ案がいくつも考えられる。「米百俵」の逸話のように、いくら経済が厳しくとも、一時の消費ではなく、国民生活の将来への投資に貴重な税金を使うことこそ賢明な政策であろう。
「過ちては改むるに憚(はばか)ることなかれ」。麻生総理は定額給付金という間違った政策は撤回し、新たな景気対策を再構築すべきだ。                         

12月 12, 2008 政治改革 | | コメント (129)