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2007年12月27日 (木)

私の「今年の漢字」~「力愛不二」の教えとともに~

12月12日に、財団法人日本漢字能力検定協会は、2007年の「今年の漢字」を「偽」と発表しました。「何を信じたら良いのか、わからなくなった一年」との趣旨だそうです。協会では、1995年より毎年、その年を表す漢字一字を募集し世相漢字を決定しています。揮毫された京都の清水寺の森清範貫主は、「こういう字が選ばれるのは恥ずかしい。己の利ばかりを望む人が増えている。」と話されたという。ちなみに、昨年は「命」でした。

「何を信じたら良いのか、わからなくなった」ことは沢山ありますが、やはり政治について、その感想をお持ちの方が多いのではないでしょうか。昨年は、地方の首長の不祥事が相次いだのですが、今年は、国政で、信じられないような出来事が続いています。数え上げればきりがないのですが、最近、最も憤慨に堪えないのは、「宙に浮いた年金記録」に関する公約についての総理大臣や厚生労働大臣など閣僚の無責任極まりない発言の数々です。先の参議院選挙の際には「最後のお一人まですべての記録をチェックして、年金を払う」などの発言を当時の安倍総裁は繰り返し行っていました。その参議院選挙の際に掲げられた「『美しい国、日本』に向けた155の約束」と題された自民党のマニフェストの中にも、次の通り書かれています。

060. 社会保険庁解体の断行と年金記録問題への徹底対応
政府が管理する年金記録のうち、基礎年金番号に統合されていない約5,000万口については、1年以内にすべての名寄せを完了するなど、直ちに徹底的に精査をする。また、全国民が本来受け取ることができる年金を全額間違いなく受け取れるようにするため、5年の時効を超えた場合でも受給可能とし、これにより年金の確実な給付を行う。

さらに、福田内閣では、舛添厚生労働大臣が「3月までには名寄せを完了する」と公言し、国民の誰もが、3月までには年金が戻ってくるとの認識を植えつけられてきたのです。政治家である私も、「やればできるものだ」と半ば感心していたくらいでした。

ところが、その年金記録の特定ができないことが明らかになった時に、福田首相のコメントは、

 「公約違反というほどのおおげさなものなのかどうかね、と思いますけどね」

さらに、この言い訳として、

 「公約でどういうふうに言ったか、頭にさっと浮かばなかったから」

これは、どうかしています。こういう「開き直り」とも受け取れる無責任さは、許しがたいことです。
私はマニフェストによって、「有権者との約束」による政治、責任ある政治への改革を目指してきました。こういう政治家の無責任をはびこらせないために、マニフェストはあるのです。「どういうふうに言ったか」ではなく、きちんと自民党のマニフェストにはっきりと「文章」で書いてあるのです。
しかも、「年金問題」は有権者の最大・最重要な政策課題です。どう書いてあったか、選挙時にどのように約束してきたか、記憶にないようでは、首相が務まるはずはありません。
私は、政治家として、これらの一連の閣僚の発言は、聞き捨てならないし、恥ずかしさすら覚えます。

その福田首相の「今年の漢字」は、「信」だといいます。「信じるの信。信頼、信義ね」と12月11日に、記者にコメントしたそうです。もう一度、ご自身の発言を振り返り、「信」の一字をよく見直してもらいたいと思います。

少し「劣化した国政」についての悲憤が長くなってしまいましたが、気を取り直して、私の「今年の漢字」を発表します。

「力」(りょく、りき、ちから)

を選びました。

今年は、まず、2期目の選挙があり、マニフェスト2007「神奈川力全開宣言」を掲げて戦いました。マニフェストの中で、「神奈川力」は「先進力」と「協働力」と位置づけました。そして、有権者の皆様のご判断と「力」によって、200万票を超えるご支持をいただき、当選を果たすことができました。そして、今年は箱根開発の歴史をまとめた『破天荒力』(はてんこうりょく)という本も出版しました。
まさに、「力」に始まり「力」に終わる一年と言ってもいいと思います。
 
私が以前から敬愛している少林寺拳法の教えの中に「力愛不二」(りきあいふに)という言葉があります。力の無い愛は無力であり、愛のない力は暴力に過ぎません。そこで「力と愛、理知と慈悲を調和・統一させ、これを行動の規範として、自己の人生を安心で幸福なものとすると共に、社会の平和と福祉のために積極的に貢献していかねばならない」というのが少林寺拳法の重要な行動原理なのです。

このことは政治の世界でも通用します。数や力だけに頼った政治は、時に暴力となるでしょう。しかも、国民・県民の痛みを自らの痛みとして、おもんぱかれる心なくしては、いかに力を持った政治家であっても、それは「暴政」「圧政」になる危険性もあるのです。
同時に、政治が「信」を失っていないか、「愛」を忘れていないか、それを厳しく判断し、政治を変える「力」は、有権者のみが持っているということも忘れてはならないと思います。
 
来年に向けては、政治家が自戒して責任ある政治を執り行うことに期待したいと思います。同時に、有権者の皆様の見識ある「力」の奮起にも期待しております。

どうぞ、皆様、よいお年をお迎えください。

12月 27, 2007 あいさつ, 政治改革 | | コメント (444)